●なんちゃって天然木
いつもWEB上で読んでいるのが「ケンプラッツ」という土木建築のニュース。
以前も「木の割れ」のお話を紹介しましたが、今回は「なんちゃって天然木」のお話です。
先日、ある建材メーカーのショールームに行った。いくつかの戸建て住宅用の製品を見ながら歩いていると、木製の玄関ドアが展示されているコーナーがあった。
「アルミ建材を主力とするメーカーでも木製の玄関ドアをつくるのか」と思いながら近づくと、何か変だ。ドアに触ってみたら、“木”ではなかった。
正直言って驚いた。人工的ではない“節”や“木目”が見事に再現されている。天然木と見まがう“反り”や“傷”も表現されている。あくまで本物の木のディテールがそこにあった。
メーカーの担当者に聞くと、アルミ形材や鋼板に木目調の樹脂シートをラッピングしたものだという。遠目どころか、間近で見てもだまされてしまう完璧さだ。
しかし、触感は金属だった。手のひらを表面にあててみたが、木ならではの温かみは全くない。もちろん木ではないので、つめをたてても食い込まない。
最近の建材技術の進歩はすごいと感心したが、個人的にはちょっと違和感を覚えた。テーマパークに植えられている擬木や、レストランのショーケースに並んでいる食品サンプルなどを見たときと同じ感覚だ。
いかにもリアルだが本物ではない。言い方は悪いが、“なんちゃって天然木”でしかない――。
このメーカーの玄関ドアに限らず、住宅のなかには“なんちゃって天然木”の建材があふれている。室内ドア、システムキッチンの扉の面材、ドアや窓の枠、幅木、まわり縁、アルミサッシの内観、エクステリア――など。木質系のデザインを強調したい住宅にとって、いまや欠かせないアイテムになっている。
建材メーカーがこうした製品のラインアップを強化するのは、ユーザーのニーズにこたえるためでもある。工業製品であるがゆえに経年変化は小さく、本物の木と比べると、腐らず、汚れず、色あせない。太陽光や風雨にさらされてもピカピカのままだ。建材の状態が新築時とあまり変わらないので、ユーザーからのクレームも減るだろう。
でも、それでいいのだろうか。いつまでも古びない建材に囲まれて、子どもたちが育っていくことに不安を感じる。「木は腐る」という事実をよく理解せずに、ニセモノをホンモノと勘違いしてしまうかもしれない。
メンテナンスや補修の手間を考えるなら、古びない建材を採用する意義は大きい。公共空間や外構など、使用条件が過酷な部位では特に有効だ。
ただ、すべての建材を、“なんちゃって天然木”にする必要はないのではないか。せめて手の触れる場所ぐらい、本物の木を使いたいと思う。
みなさん、どうでしょうか・
私は玄関ドアとか風雨にさらされるような場所、いつも雨ががりがあり自分自身で手入れやメンテナンスができないようなところに「なんちゃって天然木」を使うのは仕方がないし、むしろその方が良いのかな、
そんな風に思います。
ただ、現在の住宅をみてみると、あれもこれも「なんちゃって天然木」
無垢なんて全くと言っていいほどない。
皆さんはご存じでしたか?
ハウスメーカーなどは「なんちゃって天然木」を木質系建材と呼び
いかにも本物の木であるかのような勘違いさせるような説明をします。
木質系建材。
それは紙を科学糊でがちがちに固めたものの上に、木の模様のついた特殊シートで覆ったもの。
木とは全く異質のものです。
特殊シートで被服することにより、中から出てくるホルムアルデヒドなどを封じ込め
結果的に「うちはみなF☆☆☆☆ですから健康住宅ですよ。」と言っています。
基本的に表はビニルみたいなものですから、汚れが付きにくくぞうきんで拭いても平気。
いつまでもピカピカしています。
そんなのだから、数年経ってきてもそれだけはピカピカ。
周りは汚れてきているのに、妙にそれだけがピカピカしているのが異質な感じがするのは私だけでしょうか。
そうなんです。
そう思っている私は、いつまでもピカピカする建材は基本的にあまり好きでない。
と言うか、できれば使いたくないと思っています。
せっかく木という素晴らしい素材があるのにそんなものを使うなんてもったいない。
木は汚れたり、日に焼けたりします。
でも、きちんと手入れしていれば年とともに美しくなる。
「なんちゃって」のように異質な感じはまったくしない。
というか、だんだん美しくなっていく。
そう、建材は作った時が一番美しくて、だんだん見れなくなっていく。
木はできた時も美しいが、時代を経て益々美しくなっていく。
そして、呼吸して調湿ももしてくれる。
何でもかんでも人工物になっていく世の中。
全てが全て悪いものではありませんが、人間の手に触れるところ、感じられるところ
そんなところにはやっぱり「なんちゃって」がないものが良いと思いませんか?