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2007年04月23日

●なぜ、志水住建は“建築や”なの?その⑦

材木屋になったのは良いのですが、何せ立派な3男の道を歩んでいた(笑)
私には、どれが檜で、どれが杉で・・・・・・さっぱり判りません。(汗)
世間から見れば、まさに“ろくでなしのおぼっちゃま”が行く所がなくて
帰ってきた状態です。(~ヘ~;)

何にもわからん奴が、いきなり経営だなんてとんでもない。
何も出来ない、知らない新入りがやることは決まっています。
まずは現場から。

当時弊社は、製材業の仕事(丸太を買ってきて、四角くして、建築の材料などにする。
それを市場に出して“せり”で売ってもらう)
材木やの仕事(四角い製品になったものを市場から買ってきて、工務店、大工さんが
いるものをそろえて納入する)
大ざっぱに言うと、この2つをやっていました。(現実には、ハッキリ別れているものでなく
混ざり合った部分も沢山あるのですが)

※せり~築地の魚市場などの様子をテレビで見たことがあるでしょうか?アレと同じ。
    最近はネットオークションをやっていますが、あれの現実版。

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丸太の買い付けなどは、ある程度経験を積まなければ出来るはずがない。
最初にやっていたのは、「木をおなじ種類そろえる補助」「工務店に材木を納入する補助」
あくまで、“補助”の、まだまだ役立たず。

でもこの時期に実に沢山のことを教えて頂いたのも事実です。

ある工務店の作事場に行ったときの事。
「志水君、この木はいけんわ。」と老大工さん。
「なんでもかんでも、いけんと言えばええと思ってからに。」
とちょっとムカッときて「なんでおえんのんですか?」と私。
「この木自体がおえん、と言うとんじゃあないんで。この木とあの木を梁としてつなぐんじゃろう?
つながれる木同士が“嫌じゃ”と言うとんじゃ。わかるか。」
無論当時の私に判るはずがありません。
「分からんかったら、分からんでもえー。そんなことが分かるようになったら一人前じゃ。」
老大工さんは、笑って言いました。

この大工さんが何を言いたかったのか、分かるようになるには、まだずいぶん長い年月が
必要でした。

この紙面でも口で説明するのは非常に難しいのですが、
木には1本1本“癖”があって、必ず曲がったり、反ったりします。
2本の木をつなぐときには、その癖を見極め、木同士をつないだときに、
お互いが「がちっと」結合するようにしなければならないのです。
そうすることで、家の動きを最小眼に押さえることが出来るし、狂いがない
長持ちする家ができあがるのです。

木の世界は本当に深い。
勉強しなければ・・・・・
それからは「これは。」と思う木があったら、“木挽き”さん(丸太の木取りをする人)
について、どういうように挽いていけば良いのか、勉強をしましたし、時には指導の元
自分自身で挽いてみたりしました。

結論として、
「じゃあ、木のことはよく分かっているんですね?」と言われると
「うーん?」としか言えないと思います。

これは例えば人間にたとえると、偉い先生が書いた子育ての本があって、
その通りに育てるとみんなが良い子ども(何が良いか悪いか疑問だが(・_ ・。)?)
が出来るか、ということと同じなんですね。

人が一人一人違うように、木も1本1本違います。
だから、もちろんマニュアルなんてものがあるはずもなく、
全てが、“経験とそれに裏打ちされた勘”によるものです。

ですから、他の人達よりも遙かに知ってはいますが、「この木は100%こうなる。」
ではなく「こうなるだろう」
だから「こういうように使った方がいい。」
言葉としてはそんなような言い方になってしまいます。

でも、「木は本当に難しい」と言えるからこそ「木は本当におもしろい」
し、「木の世界は本当に深い。」と言えるのです。
こんなところは、材木やの一つの醍醐味であり魅力ですね。

現在では、この“木の癖”というものを極力打ち消すために、
『乾燥材』を使うことが主流というか当たり前になっています。

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