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2007年04月21日

●なぜ、志水住建は“建築や”なの?その⑥

大学を無事4年間で卒業し(実は最後の最後でちょっと危なかったのですが・・・)Οо。(>。<≠)
いざ就職先の東京へ!
東京のアパート。それは一番上の兄貴が住んでいる所。

実は、私が東京へ行く、→ 兄貴のアパートに入る
→兄貴は津山に帰り、実家の製材所を継ぐ
という構想のもと、私が兄貴のアパートに入ることになっていたのです。

予定通り、私は荻窪にある兄貴のアパートへ。
住み慣れぬ東京。訳の分からぬまま職場へかよう毎日。

ですが、兄貴はいつまでたっても津山へ変える様子がない。
ちょっとイヤな予感・・・・・・・・

兄貴とは、深夜になって会う位。お互い世間話くらいで特に何も話し合わない。
(男兄弟ってそんなモンですよね。)
というかお互い核心の話は避けていたのかも。

5月も終わりになるある日、親父から突然私への電話が・・・・・・
訳も言わず「とにかく一度津山へ帰ってこい!」
ただならぬものを感じた私は、会社への言い訳を繕って、繕って 津山へ。

和室の仏壇の前に座り、親父が口火を切る。
「お前の兄貴は製材所はやらんと言うとる。」
「えーやっぱりか。」イヤな予感がしていた私は心の中で叫んでしまいました。
「2番目がおろーが。」
「あれも、今更なんでそんなことを言うんなら、と断られた。もうお前しかおらんのじゃ!」
心なしか親父の肩が震えているように見えました。
「ワシもこの製材所をおじいさんから継いで一生懸命やってきてここまでにした。
やめる言うても従業員もぎょうさんおる。何とか続ける事も考えにゃあ おえんのんじゃ。」

私も行く所がなくて今の仕事をしているのならともかく、好きで惚れ込んで
今の仕事に就いた。今更やめるなんて口が裂けても言えない。
親父は普段は材木やらしく、豪放磊落(ごうほうらいらく)で小さな事にこだわらない、
どちらかと言えば豪快な性格なのだが、この時は・・・・・・
『肩が小さく見える』と言う比喩がありますが、まさにそんな感じ。
大きな存在の親父が、何か頼りなく小さく見えた瞬間でした。

私は悩んで、悩んで、悩んで・・・・・・
決めました。
もう何年か今の仕事をしてから帰る、という選択肢ももちろんありましたが、
好きで選んだ仕事。やれば未練が必ず残る。
「今ならやめられる。」

「親父!1つだけ条件がある。ワシは3男だから、御社に骨を埋める覚悟で
やります。お願いします。と言って会社に入った。今更やめるなんて言えん!
東京へ行って頭を下げられるか?」
親父はすぐさま頭を下げに東京まで来ました。

私は旅行やから材木屋になることになってしまいました。

この時に学生時代から付き合っていた彼女に思い切り相談しました。
それが今の女房です。
あのまま東京にいたら、女房とと呼べる関係になっていたかどうか・・・・。
人間の縁も分からないものです。

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