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2007年04月12日

●なぜ、志水住建は“建築や”なの?その⑤

負けん気だけでやってきた私は、大学に入ってから何をして良いやら・・・・・。
これは東大進学だけを目的にやってきた人が人生の目的を達成してしまい
何をやればよいのか分からない、と言うやつと同じなんでしょうね。
しかも、田舎で育った少年が突然日本第2位の都会に行くものだから
ハッキリお登りさん!

勉強もそこそこ。ただ、兄貴達の不良のせいもあり、家の経済状況が
あまり良くなく、仕送りが十分でなかった事からバイトだけは一生懸命にやっていました。

そんなとき、建築やになってからも脈々と受け継がれる事になる、
私を変える運命のアルバイトに出会います。

「おーい志水、えーアルバイトあるんやけど、せーへんか?」
友人の誘いに乗って始めたアルバイト。
それは旅行社の添乗員だったのです。

「旅行には行けるわ、お金はもらえるわ、こんなえーアルバイト他にないで!」
友達の言葉をそのまま真っ直ぐに受け取り、ほいほいとやったバイト。
自分の考えが甘かった事に気づくのにそんなに時間はかかりませんでした。

人様のお世話をするのは、こんなに大変なんだ・・・・・。

本職の添乗員がいるとはいえたった一人。
私を合わせると二人(誰でもできる計算ですね)
その2人で3百人程の旅行のお世話をする。
そうなんです。
このバイトは、主に、と言うかほとんどが修学旅行のお世話なんです。

何せ大人数ですから、ちょっと動くのも大変。
移動中には常に次の手配。
移動中のバスの中では、接待で決して寝てはいけない。
夜は最後のお客様が就寝されるまでご接待。
(大体寝るのが午前2時位)
朝は朝とて、元気の良い生徒達の起床時間はとっても早い!
その上、たいがい生徒が何らかのいたずらをしているものですから
その被害の検証並びに保険請求の手続き。
旅行中にやらなければならない事は山のようにありました。

帰ってきたときにはもうへとへと。
「最初の頃はこんなバイト幾らもらっても2度とやるものか!」
と思っていた私なのですが・・・・

九州の阿蘇には数十回行きました。
何回も通っていると、ここでガイドさんが何を言う。
ここに来たら「やまなみハイウエー」の歌を歌う。
新米のガイドさんは、みんなパターンが同じなので、そんな事まで分かるようになりました。
他東北や、北海道へも何回か。

なぜそんな苦しいバイトを続けていけたのでしょうか?
それはお客様からとっても素晴らしい宝物を頂けたからです。
それは
「志水さんと一緒に旅行ができて本当に良かった。またお願いしますね。」
これなんですね。
これがあったからやめることができなかったのです。
一生懸命に人のお世話をし、その結果喜んで頂く、
私はその喜びの一部を皆様から頂戴する。
これこそが、この仕事の醍醐味じゃないか!

大学を卒業したら旅行社に就職する!
私の決意は固まりました。

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