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2007年04月11日

●なぜ、志水住建は“建築や”なの?その④

「津山高校だけには絶対に負けん!」
そう誓って入ったS高校特別進学クラス。
その頃、津山高校も含めほとんどが6時間授業だったのですが
我が特進(特別進学クラス)は7時間授業。
他の生徒が授業を早々と終わっている状態では、
もちろん部活などする余裕はありませんでした。

と言うと、とっても暗い高校生活を送ったと思われがちですが、
何か奇妙な連帯感みたいなものがあったのでしょうか、
クラスは妙にまとまって、厳しい中にも結構楽しく過ごせたのは救いでした。

月日は流れ高校3年生。
いよいよ勝負の年です。
兄貴どもが遠くの大学に行って不良(?)していたせいで
「お前は関西よりむこうには出さない。」という
とっても理不尽な(→.←)言葉を受け、それならと言うことで
関西の有名私立と言われる学校は全て受けました。

結果は・・・・・
おかげさまで全て合格!! \(^O^)/
「津山高校だけには絶対に負けん。」とがんばってきた少年はやっと
「ざまあ見ろ、津山高校!」
やっとそんな風に思える事ができたのです。.゚・(´□`)・゚.
      
  「がんばれば成果につながる。」
やっとこんな事を思うことが出来ました。

しかし、気持ちだけでやってきた私にとって、いざ大学に進学と言っても
行きたい大学はあっても何学部に言ってよいのやらさっぱり分からない。
私の場合、理数系は不得意な典型的な文化系だったのでなおさら。

しかも前述しましたように、私は3男。
家を継ぐのはハッキリ兄貴と分かっていたので、いよいよさっぱりです。
ただ、家を継がない、イコール就職をしなければならない、
これだけは分かっていたので
当時一番就職率が良いと言われていたK大学の経済学部へ入学。

いよいよ花の大学生活の始まりです。

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