« なぜ、志水住建は“建築や”なの?その② | メイン | なぜ、志水住建は“建築や”なの?その④ »

2007年04月10日

●なぜ、志水住建は“建築や”なの?その③

いつまでたっても「なぜ志水住建は建築やなの」ということが出てこない。
と言う皆様、もうしばらくお待ち下さい。
ここからが良いところなのかもしれませんよ。
余談話は置いていおいて・・・・

さあいよいよ受験。
最後には先生も「志水、いけるぞ!自信を持ってやって来い。」
と言ってくれるまでになっていました。

その頃合格発表は、受験番号だけでなく名前まで張り出すようになっていました。
「絶対にある。」自信を持って親友達と見に行った合格発表。
名前を探す。名前を探す。名前を探す・・・・・・・・
無い・・・・・・・・・・  無い・・・・・・・・・・・

親友は皆合格。
私はどうやって家まで帰ったのか、今でも思い出せません。

その頃、大学まで進学しようと思えば津山高校に入るのは必要最低条件。
仲間達は当然上を目指すでしょう。
「浪人してもう一度津山高校へ!」そう決意しました。

ところが、その決意はしばらくすると覆ってしまいます。
と言うのも、ある信頼出来る方が「私立のS高校は今年から本格的に
進学クラスを設立し、非常に熱心な先生が教鞭を執る。その一期生として
がんばってみないか!?」と言ってきたのです。

S高校は当時、正直な話とても優秀と言えるところではなく、どちらかと言えば
行くところが無い者が行くような学校でした。(大変失礼な話でスミマセン)
私は、迷いに迷ったあげく、S高校へ行くことを決断しました。

S高校は市内に流れる川を挟んで南側にあり、他の学校は全て北側にありました。
私の所から学校に通うには、みんなとは明らかに別の方角に行かなければ
ならなかった・・・・・
特に最初のうち、これは本当に辛かったですね。
受験のことと言い、本当に挫折感を味わったこのころです。

でもその折れそうな心を支えてくれたのが、熱心な高校教諭のY先生と、
「津山高校だけには絶対に負けん!」という“負けん気”だったのです。

今思えば、津山高校に受かってなかったからがんばることができたし、
挫折感から人に対する思いやりも芽生えるようになったのかな、と思うことがあります。

つづく

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)

トラックバック