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2007年04月07日

●なぜ、志水住建は“建築や”なの?その①

志水住建は建築やです。
でも昔からそうだったわけではありません。
志水住建が建築屋になったのは1998年。
バブルが終演し、消費税が3%から5%へ
あがった、当時として最悪の頃だったのです。

なぜ志水住建は建築やになったのか?
それまで何をしていたのか?
皆様に知って頂きたくて以下自己紹介します。

途中から説明するとなかなか難しいところが
ありますので、私の生い立ちからお話しします。

1958年(昭和33年)私は志水家の三男として
この世に生を受けました。
三男と言えば当然兄が2人。
きっと「今度は女の子」と思っていたお袋や親父は
さぞやがっかりだったのではないかと思います。(笑)

当時の志水住建は『製材所』
地松を挽いていました。
松というのは、海辺などに生えているアレ。
この辺りでは、地松を家の構造材に使っていたのです。

でもそんなことはずいぶん後で知った話。
当時の私は、家が何をやっているのかも知らず、
ただただ脳天気に、三男としての道(そんなものあるのか?)
を歩んでいたのです。

当時小学校の私は勉強が嫌いで、学校へはただひたすら
友達と遊ぶために通っていました。
そんな私をみて母は
「そんなに勉強が嫌いなら、経営は兄がやるのだから、
将来は工員として工場で働かせよう。」
と真剣に思っていたと当時を振り返って言います。

当然学期末にもらってくる成績表は推して知るべし。
当時の通知票は5段階。
4とか5なんて言う数字はとてもこの世のものとは思えませんでした。

うちのおじいさんは、孫達が少しでも勉強ができるようにと
通知票に4とか5をもらってくるとおこづかいをくれたのですが、
兄たちはよくもらって喜んでいました。
当然私はと言うと・・・・・・・
もらうのは“わるご(悪さをするという意味)をした時の“お灸”
だけでした。(もらうのではなく罰ですが)
今でも背中によくされたお灸の熱さは覚えています。(泣)

そんな私にも変わる転機が来るのです。
つづく

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